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魚系男子の気まぐれ日記

子供な僕が日々大人になっていく様子をお届けしたりします。

話し方、伝え方

 

 

 

本を読み終わりました。

 

 

 

ハーモニー(著 : 伊藤計劃

Amazon CAPTCHA

 

 

 

言わずと知れた、伊藤計劃さんの名作。

アニメ化もされました。

 

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これについては、また後日

書きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は、当たり前のことだけど

ふと思ったことをまたまた残しに

きました。

最近こんなのばっかです。

 

 

 

 

前から疑問に思いずっと考えてたことについて

忘れた頃に答えが浮かんでくる。

 

よくありますよね?(笑)

 

 

 

 

今回もそんな話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は、話すのが下手です。

伝えるのも下手です。

 

 

 

長年の課題です。

 

そして、最近そこを真剣に治そうと

色々本を読み漁ってました。

 

すると、あることに気付きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人にわかりやすく伝えられないということは、自分の中でも整理できていないということ、かつ理解しがたいままでしか学習できないってことなんじゃないか?』

 

 

 

まずこの説明がわかりにくい。笑

書いてて思った。頑張ろう。

 

 

 

 

とまあそういうことです。

 

例えば授業。

わかりにくい授業をする先生は

きっとイマイチ自分でも

わかってないんじゃないか?

ってことです。

 

これは、勉強の内容はわかっていても

それが自己流の方法でしか

アウトプットできないってことです。

 

自分で答えは導き出せても

他人に答えを導き出させる手伝いは

できないってこと。

 

 

 

スポーツ選手でもそうですね。

優れたプレイヤーが優れた指導者であるかは

また別物という。

 

 

これは何にでも当てはまります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…勿論、自分のことでも。

 

僕は、よく人から

 

「お前の話はわかりにくい、

何を言っているのかわからない」

 

 

と言われます。

自分でも話してる途中で何の話を

しているのかわからなくなることも

しばしばあります。

 

 

これはつまり、

 

何かを学習したり人の話を聞くときに、

自分にインプットするのも下手くそ】

 

とも言えます。

目から鱗過ぎて、少しちびりました。

 

今までの自分の人生での出来事を

全て説明できてしまうということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで今まで気付かなかったのか…!!

 

でも、気付けてよかったです。

これから変えていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わり

 

ゆっくり。ゆっくり。

 

 

ふと感じたことがあるので

書き留めておこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日書きました、

自立についての続編。

 

 

 

 

 

あれから色々と考えを巡らせて

意識しながら生きてみました。

 

すると、ふとしたとき

自分を俯瞰できた瞬間がありました。

 

ついさっきの話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も人と会ってました。

前述した通り、意識しました。

 

すると、なぜか今までの自分が

スッと見えてきました。

 

 

 

 

「何かしないと。」

「どうしたらいいたろうか?」

「どうしたら、どうしたら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

焦っていました。

急いでいました。

そうすることで

自分を落ち着かせようと

してました。

 

 

結局、自分のことばかり

考えてました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分から何かをしようとするのは

良いとして。

 

その対象が自分自身でした。

全く相手を見ていませんでした。

 

 

「自分には何ができるか?」

 

と自分のことを考えてました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手はわからないものです。

自分もわからないです。

 

しかし、相手は受け止めて

返すことができます。

 

相手を受け止めた上で

「何が相手にとって最適か?」

を考えることができます。

 

 

 

 

「自分に何ができるか?」

 

ではなく

 

「相手にとっての最良は何か」

 

を考えなければいけませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日、それに気付けました。

 

また、明日からも楽しくなりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わり

ボブ・ディラン

 

 

ノーベル文学賞取りましたね。

 

 

 

僕がこのアーティストを知ったのは、

ある映画からでした。

 

 

それは、

 

アヒルと鴨のコインロッカー」 

著:伊坂幸太郎

 

です。

この映画でも、かの有名な「風に吹かれて」が

登場していました。

 

良い曲だなぁ、と思い、

この曲はよく聴きますが

他の曲はからっしきでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうわけで。

 

僕になんの話ができるかなーと考えた結果、

大好きな伊坂幸太郎さんについて

話すことにしました。

 

 

ボブ・ディランを機に、この人のことも

知ってもらえたらな、と思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

せっかくなので、映画化されている作品の中で

好きな作品を紹介します。

 

 

 

伊坂幸太郎さんの作品で映画化されたものは

 

 

 

 

 

などなど、たくさんあります。

どれも本当によくて、捨てがたいですが

一番好きな作品は決まっています。

 

それは

 

”フィッシュストーリー”

 

です。

名前からしてストーリーが想像できない

ところが伊坂さんっぽくて好きです。

かなり古い映画です。

 

これです↓

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しかし、伊坂さんの得意な形式

 

【オムニバスをいくつか用意し、

      最後に伏線を回収する形で

         1つの物語を作り上げる】

 

 

という形式の作品の中でも、

この作品はクオリティが神がかってます。

いや、鬼がかってます。

 

 

 

 

 

 

1つ1つの物語に関連性はないんだけど、

最後に全てが繋がって物語が出来上がり、

終焉へと向かう。

 

その流れがまさに芸術です。

見事という他言いようがありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は映画も好きでよく見ますが、

もう何十回も見直している作品のうちの1つが

この作品です。

 

 

 

 

 

まだ伊坂さんの作品を読んだことがない。

気になってはいるけどどうなの?

 

 

といった方々には、まずこれを観て!!!

と言いたい。笑

 

 

 

 

 

 

ここから入れば、伊坂さんの真骨頂を

垣間見ることができ、

おそらく見終わった後には他の映画、

小説が読みたくてたまらなくなっている

ことだろうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

映画について詳しく書いていないのは、

観てみないとわからない側面が非常に多いからです。

 

あらすじや概要を知りたい方は、

ウィキ先生に聞いてみるといいと思います。

フィッシュストーリー - Wikipedia

 

 

 

 

 

 

 

 

ボブ・ディランからだいぶ話が

飛躍しましたが、

観て損はない映画だと自信を持って

お勧めします!

 

 

 

 

 

 

 

 

会社のマックからだと打ちやすくて

更新が捗るwww

 

 

 

 

 

 

終わり

”自立”について

 

 

 

 

 

 

 

どうも。

ええ感じに体が冬眠モード入ってきました。

 

 

 

冬眠モードっちゅうのは、

要するに省エネ化して、脂肪からエネルギーを使う体に

なるということです。

どうでもいいですね。笑

 

 

 

 

 

今回は、自立についてです。

 

皆さんの自立の定義はなんでしょうか。

 

経済的・人間的・環境。

色々あると思います。

 

それについて、

少しばかり僕の話をさせてください。

というのが今回の趣旨です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これを書こうと思ったきっかけ。

 

「自立できてないな…」

 

そんな風に思ったからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自立。

僕は、

 

自分で自分を支えられること

 

だと、

皮膚感覚として最近そう思うようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主にメンタル的な面からのアプローチだと

思ってもらって大丈夫です。

 

生きてると色んなしがらみに巻き込まれます。

壁も立ちはだかります。

人、社会、何もかもが信じられなくなるまで

追い込まれる人もいると思います。

 

そんな時、内発的な意志によって

自分を支えることができること。

 

それが自立の定義だと考えました。

 

向き合うこと・向き合える勇気とも

言い換えられます。

 

 

 

 

 

 

 

例えば。

最近の僕の場合。

 

 

 

 

 

この前、友達と飲みました。

その時、こう言われたんです。

 

「自分が楽しいことも大事やけど、もっと大事なんは

自分が楽しませることちゃうか?」

 

 

 

スコ――――ン!っと刺さりました。

擬音語が正しいかはさておき、そう音が鳴りました。

 

 

確かに、毎日楽しい、仕事も楽しい。

趣味も充実してるし、仕事ではやりたいことも

やらせてもらってる。

 

 

しかし、しかし。

僕は人といるとき、人と会うとき。

楽しませる意識を持っていただろうか。

 

ハリのない毎日の埋め合わせに、

趣味を利用してはいなかっただろうか。

 

知らず知らずのうちに、

自発的に動き、内側から何かを与えようという

意思が抜け落ちてたのではないか。

 

 

そう考えた時、すごく腑に落ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は、色んなこと。

人との時間、体験、趣味などがなければ、

自分が自分であることを認識しえるだろうか。

 

それらがひとたびなくなってしまえば、

空っぽなのではないか。

 

そうするならば、

僕が僕で在る、ということを証明するには

何をもってして証明すればよいのだろうか。

 

 

 

 

 

…自分からの働きかけではないだろうか。

 

そう、直感で感じました。

 

 

 

周りにあるもので構成され、それに塗り固められた

自分ではなく、それがなくとも自分が自分であると

自信を持てる、確固たる意志を持つこと。

 

生き方を行動で表すこと。

 

自分の弱さから逃げずに立ち向かう勇気を持つこと。

 

 

 

 

 

うまく言えないけど、

この3つがあれば、自立しているといえるのでは

ないだろうか?とふと思いました。

 

 

 

 

稚拙でとりとめのない文章ではありますが、

これが今の僕でもあります。

 

これからは、裸の心をさらし、立ち向かい、

そして人を笑顔にしたい。

 

 

そこが僕の生き方であり、

自立の方法なのかな、と。

 

 

 

何か皆さんが生きる上でのヒントになれば

とっても嬉しいです。

 

 

 

 

最後までお付き合い頂き

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身に纏ったものは棄てて

 

秦基博が大好きです。

 

 

 

いつからかは覚えてないけど、

気付いたら好きになってました。

 

 

 

少しハスキーで枯れたような声が

哀愁を漂わせるんだけど、

どこか内包的な優しさも漂う艶やかな歌声。

 

 

 

 

大人になりきれない青年のような

淡い夢を秘めた少年の瑞々しく

熱を帯びたような表情の声。

 

 

 

 

これがたまらなくて

細々とライブに足を運んでます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その中でも、やっぱり一番好きなのは

タイトルにもある通り『鱗』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


秦さんの曲は全て好きで選べないんだけど

やっぱりここに還ってくる。

 

 

 

ライブの最後には必ずこれを歌うし、

いつまでも秦さんの原点はここだろうな

と思うし。

 

 

 

 

 

その中でも、今から紹介したい

あるライブの鱗は、正に神懸かっている。

 

 

 


調子にムラのある(まあそこがいいんだが)

秦さんのライブ動画の中でも抜群に良いし

高音の伸びがそれを物語ってる。

 

 

 

 

そこに、オフィスオーガスタのドラマー

あらきゆうこさんの独特なリズムと表現が

重なって、お互いに良さを引き出し合い

ながらすごく気持ち良さそうに音楽してる

のが伝わる。

 

 

 

 

 

ラストに向けてのボルテージの昂まりも

感じられて、もう見てるだけで、

聴いてるだけでどんどん吸い込まれて

深みに嵌っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな風に奏でられたら、

最高に幸せやろうなぁ。

 

 

 

ぜひ一度、目に焼き付けてみてください。

リンクはこちら↓

 

秦 基博 / 鱗(うろこ)from 待ち人のフェイバリット vol.2 境港 - YouTube

与えてもらってばかり

 

 

 

久々、広島から出張で出てきた後輩と関東にいる後輩、同期と四人で飲みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イジられる感じ久々で、やっぱり居心地良かったです。

 

でも、今までこの居心地に甘えてたんだな、っていうことにも気付きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆、面白くもないのに掘り下げてくれるし、突っ込んでくれる。

この環境に甘えてちゃダメだなぁ、今度は僕から面白い環境を提供できるようにならなくちゃダメだなぁ、と思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アドラーが何も生かされてない。

もっと自分からコミットしていって、人に幸せを与えられるような人間にならなければ。

 

そのために、まずはコミュニケーションスキル高めないといけない。

知識も経験も何もかも足りないし、もっと勉強して実践して、失敗を積み重ねて自信にしていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このままじゃいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

終わり

人生を旅とするならば

 

 

人生を旅とするならば。

 

 

 

 

 

目的地はどこであろうか。

ゴールはあるのか。

なんのために旅をするのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的地はない。

 

いや、ないというよりどこでもいい。

それに無限にある。

 

焦って見つける必要はない。

いずれその旅が目的であると気づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴールはない。

 

地球は丸い。

どこまで行っても辿り着くことはない。

 

できることは一つ。

前進することだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何のために旅をするのか。

 

旅するために旅をするのだ。

 

寄り道してもいい。

途中で居心地の良いところがあれば

居座ってもいい。

 

街や人が気に入れば住んでもいい。

 

今その時やりたいことを続ければ

それが全て旅となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今この瞬間、刹那の積み重ね。

その一つ一つの点をなぞったとき

それを人生と呼ぶこともあるかもしれない。

 

運命と呼ぶことも

軌跡と呼ぶことも

あるかもしれない。

 

過去にも未来にも

ドラマを求めてはいけない。

 

過去も未来もどうにもできない。

できることは今どうするか?

 

いや、どうしたいか?だけだ。

 

誰でもない、自分が楽しむために。

幸せになるために。

 

 

 

 

 

 

人生を旅とするならば。

 

 

 

 

 

 

 

 

終わり